デパ地下の誘惑

デパ地下の誘惑

一人暮らしで、毎日自分の手料理を食べているせいでしょうが、時々むしょうに豪勢なものが食べたくなるときがあります。しかし外食はお財布的に痛い。それに一人で外食というのもなんだか味気ない。そこで最近では、豪華なものが食べたくなったときにはデパートの地下に足を運ぶようになりました。

肉に魚に野菜にお菓子……デパ地下に並んでいるものはどれも高級なものばかり。しかし感覚的にはスーパーのお惣菜コーナーとそう変わらないのですから、つい色々なものを買ってしまうんですよね。

値段は見ているつもりなのですが、デパ地下という空間は金銭感覚を麻痺させる効果があるようでして、調子に乗って財布を出してしまう。お腹がすいた状態で行くのですから、食欲の相乗効果もあって帰るころには両手が惣菜でふさがっていることが多いです。

外食が高いから惣菜で済ませようと思っているのに、これでは本末転倒です。家に帰ってレシートを見て「やってしまった」と後悔するのはいつものこと。

しかし、お財布のために何度も失敗を繰り返すわけにはいきません。

先日、今までの無計画さを反省し、「コロッケ」だけを買う、というきちんとした目的を持ってデパ地下に行きました。

コロッケはすぐに見つかって、「よし帰ろうか」と踵を返すのですが、出口までの道に並ぶサラダやフライや焼き鳥の数々……。結局、誘惑に負けました。目的を持って入ったとしても、全く意味がないんですね。

いっそのことデパ地下に行かなければいいのですが、一度美味しい味を覚えてしまったら、これがなかなかやめられない。毎日食べたい、というわけではありませんが(毎日食べていたら家計が崩壊します)、時々食べたくなるほどには、依存しています。

デパ地下は、本当に恐ろしいところ。

意志の強い人でないと、行ってはならない魔の巣窟ですね。意志の弱い私が誘惑という名の魔に打ち勝つのは、いつのことになるのやら。

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人生の選択肢

たとえば、大学受験のとき。日本には大学がピンからキリまでありますので、どの大学に進学するのか、選択肢はたくさんありました。猛勉強して難関大学に行くのもよし、妥協して地元の私立大学に行くのもよし、落ちてしまったら予備校に行ってもう一回受験し直すのもよし。

昔のように親の家業を子が継がなければならない時代や、人権のない時代とは違って、現代はある程度の選択を許される時代です。いや、ある程度という控えめな表現ではなく、いくつかの選択肢から「これだ」と思うものを選べる時代です。

しかし、選択肢はいくつあっても、選べる道は一つだけ。誰もがそうだと思いますが、いくつもの分岐点で選択してきた道を、今生きています。ということは当然、選ばれなかった選択肢は、そこで途切れてしまっています。

ときどき、この選ばなかった選択肢を選んでいたら今頃どうなっていたのだろう、と想像することがあります。もしあのとき、あの高校を選んでいたら、あの大学を選んでいたら、あのバイトの面接を受けていたら、もっとたくさん勉強していれば……。今よりもっと明るい未来が待っていたのではないかと、思ってしまうのです。

なくなってしまった選択肢を未練がましく見続けるのは、現状に満足していないからなのでしょうか。人よりも優柔不断な私は、どうやら後ろを振り返らずにはいられないようなのです。

あのときは最善の選択だと思って選んだ道も、他の選択肢を比べようがないのですから、「これが最善の選択だった」と断言することができません。不安になって、振り返って、「これでよかった?」と自問する。

しかしいくら過去を振り返っても、後悔することはあっても、やり直すことはできません。

重要なのは、次の選択肢はどれにするのか、決めること。選ぶ段階ではどの選択肢が最善なのかわかりませんが、どうせ想像するのであれば、消えてしまった選択肢のことよりも、これから選べる選択肢のことを想像するよう心がけていきたいですね。